みきほ氏ブログ

川崎在住、トリリンガル。日本にくる外国人観光客事情と対応術、インドネシア・マレーシアまわりのことを中心に書いています

どうにもならない,国語力って大事って話

きょうは市内中学のテスト前とのことで家庭教師2件行ってきました。
AさんとBさん。

Aさんのほうが頭いいんだよね。飲み込み早いし、一回でいろんなこと理解する。正直、凸レンズとかわたしあのへん若干意味不明気味なんだけど、わたしが解説音読するだけで理解してくれる。しかし、やる気がない。宿題とかテスト前なのにやってない。なんでやってないのっていっても、いい訳ばかり。
Bさんは、Aさんよりも頭がよろしくない。何度も説明しないと理解できないし、やっぱり時間がかかる。だけども、Bさんはすごく一生懸命取り組むし、集中力もすごくある。自分から聞きたいところをリストアップしておいてくれるから私も集中して教えれる。
結果としてAさんは55%〜65%の点数、だけどBさんは70%後半くらいとってくる。やる気とか努力でこんだけカバーできるんだなあ!すごいぞ!

頭いいのにやる気ないってのは、ほんともったいないよなー!

もちろんAさんBさんの、私に対する要望が違うのも大きいと思う。
Aさんはどっからどうみても親に対するツンデレのあまり親からの愛情に飢えていて、わたしに「かまってくれる人」としての役割を求めている反面、Bさんはひたすら「教えてくれる人」という役割を求めてきた。私は結果はどうであれ、二人ともに【1対1で教えてくれる人】として各家庭に時給ほにゃらら千円で派遣されているわけなのだから、その目的どおりにならないのはいささか居心地が悪いのだ。
わたしがAさんの家庭で「教えてくれる人」の目的を達成するには、Aさんが親に対してツンデレをやめればすむ話。
あー、ややこしいね!!どうにもならないね!!



それで、今日の本題。国語力って大事だと思うのだ。何が書かれてるのか読み取る力と、何を問われてるのか読み取る力。
連立方程式でりんごとみかんの個数をきかれてるのに回答欄にx=3とか書いたり、
動物Aと動物Bの胃腸の長さをきいていることなのに、Bはより消化するので草食動物だとか一歩進んだ答えを書いちゃったり、
このへんはもう国語力の問題なのだ。
45キロ/5分を時速になおしたりするのも、しっかり問題を読んで分速で問われているのか時速で問われているのかしっかりわかんないと、どんだけ計算がはやくとけても、正確にいけても、意味をなさない。豚に真珠。ちょっと言い過ぎかも。

もしもこの文章を読んでいる中学生の親がいたら、文章を読む力を養うために、新聞のコラムについて話し合うべきだと思う。
「今日のコラムにこういうことかいてあったよね」っていう会話をするべきだと思う。
新聞の文章がいちばん【現代の国語】として正しいといわれるものであるから、それを読んでどういうことが書いてあるか、しっかりとよみとる力が大切だ。

この国語能力がないまま大人になると、
「いま急いでるんです」「あと千円安くするから」とか
「私メガネかけた男が好きなの」「それって告白?俺彼女いるんだごめん」みたいな、
会話になってない会話を平気でする大人になる。
もちろん日本語では、断り辛いことを断るために「急いでいるんです」っていって避けるときもあるし、好意を婉曲に示すためにそういう表現を使う事もある。でも、会話は会話になってないといけないんです。
暗に意味する言葉も会話として続けないと、暗に意味した意味がまったくないじゃない。