みきほ氏ブログ

川崎在住、トリリンガル。日本にくる外国人観光客事情と対応術、インドネシア・マレーシアまわりのことを中心に書いています

ソーシャルキャピタルについて

ソーシャルキャピタルっていう言葉をご存知でしょうか。これいろんな解釈があってwikiで調べて出てくるのと私が思っているものは違うと思う。犯罪を犯す人とかは人のつながりが稀薄で友達もあんまいないケースがけっこうなもので、多くの収入を得ている人は人脈がロッキー山脈並みに広大で、グランドキャニオン並みにダイナミックであったりするのです。つまり人とのつながりっていうのはプラスに働くもので、もっともっと人とつながるといいよね、っていう考え方、あるいは動きのことです。学生とか年齢とか性別とか、そういうものを飛び越えて人とつながろう、というもの。
わたしも最近この言葉を知らなかったけれども、ケンブリッジ大に留学してて将来これを研究していきたいという人と縁あって親しくなってわかるようになった。

ソーシャルキャピタル云々はわたしがマレーシア時代に感じて、最近考える事にぴったり当てはまる。

マレーシアにいる最貧困層は主にインド人、中国人が多い。もともとマレー人はそこで土着的に安定した生活があってそれを守っているケースがほとんどだから「最貧困層」にはあんまなり得ない。もちろんインドネシアのように、緑の革命の不の恩恵で農村から都市部へ行き没落した人もいるんだと思うけれどもそれは私自身よくわかんないのでおいといて、英領マラヤ時代での最貧困層は南インドから強制的に連れてこられたタミル人がゴム畑でかり出され、その子孫が21世のマレーシアでもなおゴム畑労働者としてずっと最貧困層の地位をキープしている、という惨状があることは間違いない事だ。ゼミの先生から聞いた事だけれど、このゴム畑労働者はタミル人に多いとされているが、数字で言えば英領マラヤ時代中国人も同じくらいいたそうだ。

マレーシアという国はたしかにマレー系中国系インド系の人が一緒に暮らしているが、実際そこでの生活はマレー人はマレー人としか付き合わないし、中国人は中国人とお茶するし、インド人はインド人と最新のヒンディダンスについてのぺちゃくちゃしゃべってる。
いちおうあの国の共通語はマレー語あるいは英語だけれども、マレー人は英語なるべくしゃべりたくないし、中国人やインド人もなるべくマレー語をしゃべらない。インド人の中には英語を母語とする人もいるけれども、同時に英語なんかなるべくしゃべりたくないという人だっている。関西人は東京で関西の友達に偶然出くわしたら関西弁でしゃべりたくなるんじゃないだろうか、それと同じだ。ちなみに私は岐阜人の友達とふたりでごはんを食べるときはバリバリの岐阜弁でしゃべる。名古屋弁と岐阜弁の違い、びみょうにあるんですよ...
こんな具合に言葉がコミュニケーションの壁になっている事も大きく考えられる。
だけれども、ある程度社会で成功している人たちを見ると、自分の民族としか付き合わない、ということはなくなってくる。
中国人とインド人でゴルフに出かけるし、マレー人も中国人を結婚式に招くようになる。社会的に成功してきた人たちは人種やことばを越えた人と関わってきて成功しているからだ。

マレーシア到着1週間後に、わたしはあるマレー人の農村の結婚式に参加させていただくことになったけれども、そのときはマレー人ばっかりだった。その2ヶ月後、自分のホストファザーが自分の50歳の誕生日の式典を自分で開くことになるけれども、あれは本当にいろんな人たちが集まった。

同時に、ゴム畑でまだ働いている一家を私は知っているのだが、彼らはタミル語しか話せなかった。きっと彼らはタミル語コミュニティで生きている。タミル語だけしか話せないならば、できる仕事なんかたかが知れている。
ゴム畑労働から抜けだすことのできた中国人は、東南アジアのチャイニーズネットワークを利用すればなんとか脱出できるだろうけれど、タミル人になると抜け出すことができない。だから、ずっと「そこに」いる。
そして、いまだタミルコミュニティの中でしか生きられない人たちは、他の民族を多いに憎む。「なんでこんな世の中なんだろう」って。それはタミルコミュニティだけでなく、マレー系のコミュニティでだっていえる。「私たちが稼いだ金を中国人が転がして大もうけしている。そんな事って許されるの?」「同じ医者でも、マレー系のうちの医者よりもインド人がやってるあの医者に人が集まる。なんて理不尽なんだ。」中国人のコミュニティでは「マレー人の権力者はファミリービジネス(汚職)が楽しそうでいいねケッガっ(←タンをはく音)」とも思ってるだろう。

こんな具合にネットワークに限界を作ると、ネガティブな事がいっぱいあるのだ。
金持ちは人脈がいっぱいあって貧乏人は所属するコミュニティがワンパターンなんですっていう話です。


でも、たぶん、みんなそんくらいは認識してるんだろうなー。
でもなかなか他分野の人と知り合うきっかけがないんじゃないだろーか。
うちの大学は名古屋キャンポスだと文系のかたまりになるし、逆に名工大だと理系ばっかりになるから、友達の専門分野がかたよってしまう事が悩みなのだ。他の大学の学生と知り合う方法として出会い系サークルを通してというのがあるけれども、学生の出会い系サークルとかはどうしても彼氏彼女探しのチャラチャラしたかんじになってしまうし、下手したらスーパーフリーじみたものにもなりうる。そういう危険なにおいがするのじゃなくって、まじめな出会い系in愛知を現在考え中です。ちょっぴり宣伝。


追記。

ついったーがウケるのってそういう役割もあるかも。
実際ついったーを通して、ご近所さんで実はうちの大学でも教えてたり、講演会で「話する側」のインテリと夕食友達になったり、g:generation1986でギークなイケメンにかまってもらえたりすることも事実です。


追記ーー。

脱貧困のための国際開発論

脱貧困のための国際開発論


この本の4章でも述べられてました、「ソーシャルキャピタル論と貧困緩和、解消」わかりやすいです。

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