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みきほ氏ブログ

川崎在住、トリリンガル。日本にくる外国人観光客事情と対応術、インドネシア・マレーシアまわりのことを中心に書いています

断食月について

 断食月ラマダン)も三週目となりました、世界約16億人のムスリムが「断食」をしています。ことしで1432回目です。いままで地球上でムスリムが一斉に断食というものを1400回以上も行われていた、と思うと、イスラム教の根強さみたいなものを感じます。拝火教をはじめ「信仰する人が少なすぎてもう消えちゃう!」というような宗教はいっぱいあるのに、イスラム教はしぶとい。

 いや、イスラム教が強いというよりは、イスラム教に根付いた結びつきが強いんですね。

 以前twitterで断食関連のつぶやきをしていたら、「イスラム教徒がなぜそんなことをするかわからない」というコメントも寄せられました。「断食ってどういうレベル?ホントになんにも食べないの?」など、イスラム国に行った事がない人、ムスリムの知人を持たない人にとって、ふしぎに思う点は多いと思います。
ので、断食とはどういうものかを、2011年8月11日付けジャカルタポスト紙オピニオン欄に掲載された米インディアナ大学のChaedar Alwasilah教授の投稿*1を参考にしながら、ざっと説明したいと思います。

  • なんで断食するの?「浄化」

 預言者ムハンマドが啓示を受けた「聖なる月」、ラマダン。イスラム教徒にとっては、精神と身体を「浄化する」月です。 何も食べないことばかり注目されていますが、断食は「肉体的・精神的に混乱のない状態にする」ことを目的としています。
 お日様がのぼってから沈むまで一切何も口にしないことで、体中の悪いものが出て行き、それを一カ月間続けることで肉体が完全に純化されると考えられています。
 また、精神の浄化のため、一カ月間「怒り」「嫉妬」「快楽」などの乱れた感情をなくすよう求められています。精神の安定を図るためにも、信仰心が高まり、この時期はみんないつもよりコーランを読みます。いつもコーランを読まない人は新調して読んだり、いつもコーランを詠んでいる人もコーランを新調するので、コーランや宗教関連書物はよく売れます。そういう意味では、断食は禅に通じるものがある気がしますね。
 「身体の浄化」はわかりやすいため、成功しやすいのですが、精神の浄化、は難しいみたいです。ムスリムの精神の乱れを産まないためにも、断食月を始まる前に国家警察は大物政治犯やテロリストを逮捕しようと力を入れます。
 これは私がマレーシアにいたころ*2

  • タバコもだめです

 日中の飲食(水も含む)が禁じられています。断食中に自分の体にものを取り込んでは行けないので、予防接種も禁じられています。タバコも「吸っては」ダメです。お酒はもちろんダメです。ヘビースモーカーにとっては、禁煙が一番つらいみたい。人によっては、つばも飲み込まない人もいます。

  • はじまりは午前三時

 午前三時頃、朝食。一日分のエネルギーをガッツリ!…というわけにはいきません。みんな、程々に食べます。ごはんを食べてから最初のおいのりをします。
 それから出勤までまた寝る人もいれば、そのまま起きてTVを見ている人もいます。

  • 昼間はだるい…

 日中は何も食べれないし、午前三時に起きているためみんな眠いみたいです。作業効率落ちるしいいことないので、市役所やローカル企業などは終業時刻を短縮したりしています。
 疲れたムスリムに向けて昼寝用にモスクを開放するモスクもあるそうです。モスクは風通しいいし床が冷たくて寝るにはもってこい。

  • 午後6時ごろ、断食明け!

 インドネシア、マレーシアの場合は「断食終わったよ〜ん」という放送が近所のモスク、TVから流れてきます。この時期はニュースメディアを見ていると断食終了のお知らせがmp3でいきなり流れてきたりもします。
 たいていムスリムの人たちは仲間同士で集まって、「一日お互い大変だったよね、今日は大変だったよね」という気持ちを共有しながら、最初のお茶を飲んだり、ナツメヤシの実(ムハンマドが断食終えてからよく食べたらしい、超甘い)、チョコレートを食べたりします。なんにも食べないと、甘い物が食べたくなるらしく、この時期はスーパーでもナツメヤシ、チョコレートのコーナーができています。

  • 断食月の時間割とコミュニティの形成

 私が残業して三時ごろに帰宅すると、ライフスタイルがばらばらで普段一切顔を合わせないシェアハウスの住人たちが、キッチンでそれぞれの郷土料理を作っていました。無愛想に作って一人で食べる人もいるんですが、郷土料理を交換し合う人もいます。
 また、一日の終わりに断食を終える時も、苦しみを乗り越えた人たちが一堂に集い、神聖な気持ちでお茶を飲んだりごはんを食べます。場の共有、感情の共有で人々の絆が繋がります。
 このように、宗教が決めた時間割で、場、時間、苦しみなどの感情、信仰心を共有し、宗教を通して人と人をつなげコミュニティを作っています。断食はイスラムのコミュニティの絆を一層強める行事といえるでしょう。
 宗教は人を救う、とは言いたくないんですが、宗教によって形成されるコミュニティは人を強くするし、救われる時もあると思います。

*1:http://www.thejakartapost.com/news/2011/08/11/ramadhan-month-education-and-social-solidarity.html

*2:書き手の「みきほ」は、2002年4月から2003年2月まで、ロータリークラブの交換留学生としてマレーシア・セレンバン市に一年間滞在経験があります

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