みきほ氏ブログ

川崎在住、トリリンガル。日本にくる外国人観光客事情と対応術、インドネシア・マレーシアまわりのことを中心に書いています

父から聞いた、42年前の就活について

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父がこのほど寿退職(定年退職)を果たし、42年ぶりの就職活動にいそしんでいます。「履歴書なんて書いたことない」とぬかすもんで、42年前の就活について聞いてきました。

父の社歴は2社。1社目は従業員数10人以下の鉄工所で1年ちょっと、2社目は全国規模・従業員数数万人の運輸系企業で41年です。

(写真は関係ありません。常滑市にて、父撮影。)

 

昔はみんな縁故採用

私「そもそも、最初働いてて1年ちょっとでやめた会社は、なんで入ったの?鉄工所での仕事、父さんに向いているとは思えんのやけど」

父「入ったのは仕事内容でじゃないわ、昔おじいさんが働いとったとこやでやて。私が高校やめてプラプラしとるときに、おじいさんが入れたんやわ」

私「えっ そんな縁故採用なんて、ありなわけ?」

父「昔はねえ、みんなほとんど縁故採用
どこの馬の骨かわからんジンを雇うわけにはいかんから、すでに働いとる人の親戚とか、兄弟とか、近所の人とか、同じ高校だった顔見知りとか、身元保証人ってほどカタいもんじゃないけど、素性がわかる人とだけ一緒に働く、みたいなもんだわ。」

なんだか、ものすごーく排他的なムラ社会を感じる文言です。

でも、一緒の会社で働くということは、一緒に会社の信用を作っていくということだから、身元がはっきりしている必要があったんだろうな。(ちなみに父の前職は、某進学高校OBがとても多かったそうです)

仕事内容がわからない求人案内

父「前の会社は、たまたま人が見つからんとかで、新聞に広告が出とったんだわ」

私「へええ、ラッキーだったねえ」

父「でも、新聞広告ったって、社名が書いてあるだけで、仕事内容がまったくわからんのだわ」

私「えっ 何やるかわからん仕事なのに応募したの??」

父「うーん、でも社名からなんとなく仕事の内容をイメージできたんだけど、でも、イメージとだいぶ違ったわ。いわれてみるまで、そんな仕事があるって知らんかったわ」

今でこそ、企業はいい人材を獲得するため、採用情報を充実させて発信しているけれど、昔はそういう文化はなかった。求人広告をビジネスにし、充実させ定着させたリクルートはすごいのだな。

面接は実にあっさり

新聞広告を見て、興味を持った父。しかし、電話もせず特にスーツなども着ず(いわく、普段着のまま)、住所を調べてアポなしで事務所を訪問したという。

父「今でも覚えてるんだけど、採用担当のNという人がいたんだわ」

私「要するに面接官ってこと?」

父「面接ってほどじゃないけど、まあそうだわ。会って、二分くらい話して、『じゃあ、いつから来れる?』って。明日から来いと言われたら困るけど、じゃあ来週くらいからという話になって、そのまま決定だわ」

私「えっ 履歴書とかもなしで」

父「なしなし」

私「よっぽど人がおらんかったんかね」

父「そうやろうなあ、、、縁故で人が見つからんかったんかねえ。でも、私の翌年に入社した人はきちんとした面接があったらしいし、その次の年の人たちは作文も書かされたらしいわ。そんな採用方法じゃ、私は無理だったから、ほんと運がよかったわ」

これに似たような採用方法、現在でもたまに聞きます。私の身の回りでは、個人店に近い飲食関係。ただ、飲食業界は仕事内容が明らかなので父のケースとはだいぶ状況が違うよなあ。

 

職業選択の自由、そして就業機会平等化の名のもと、熾烈になりゆく大卒就活大戦。企業はいい人材を採ろうと、学生はブラック企業に入らまいと、本音と建前のカードで対戦して、消耗しているように見える。そんな今だからこそ、この縁故採用がメジャーだった時代のほうが健全に見えるなあ...。

 

 

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