みきほ氏ブログ

川崎在住、トリリンガル。日本にくる外国人観光客事情と対応術、インドネシア・マレーシアまわりのことを中心に書いています

開業1年

個人事業主として開業届を出して今日で1年が過ぎました。
自治体からお話をいただいてから、一気にあちこちでお仕事やご相談をいただくようになりました。
まだまだ利益は全然出ていませんが、時短やパートで働くよりはるかに稼げてるし、なにより時間・仕事の裁量権があるのが、一番楽。家族と自分の健康と余裕を最優先にできるのはうれしい。
これも、支えてくださる家族をはじめ、「大丈夫?買いたたかれてない?」とアドバイスくれる、みなみなさまのおかげです。引き続きよろしくお願いいたします!
とはいえ5月はノロウイルスからの回復と、お声がけいただいている事業の消化ですかね...。
わたしの5年後の目標は、とにかく仕事をとってきて、「可処分時間に制限があり長時間労働ができないけれど、語学スキルがある人(特に女性)が自宅で稼げるスキームをつくる」こと。一歩一歩、形にしていきたいです!応援ください~。

日本の朝食ハードルが高い話

headlines.yahoo.co.jp

はてなブックマークid:pilpilpilさんのコメントには笑った。笑いこらえられへんでしたーの失笑。

子どもの朝ごはんは「3日連続でドーナツ」――今どき母親たちの“トンデモ朝ごはん”に共感の声も (週刊SPA!) - Yahoo!ニュース

朝:ドーナツ、昼:ヌガーチョコとバナナの国ではGoogleAmazonがあり、朝:ご飯・焼き魚・味噌汁、昼:愛情込めたお弁当の国では東芝SHARPがある。

2017/04/25 12:18

b.hatena.ne.jp

外食事情でいえば、シンガポールインドネシア、マレーシアにいたころ、本当に恵まれてた。共働きがスタンダードなシンガポールは、朝食を外食か中食で食べるのが標準装備みたいなかんじで、粥とか中華まんみたいなのが街角で、お安い値段で売られていた。(店→クダイ)朝起きたらおじいちゃんがジョギングに行って帰りに家の前に売りに来てるワルンかホーカーズ(公共フードコートみたいなところ)に立ち寄って家族全員分のおかゆを買い、子どもはそれを食べてから登校する、みたいなかんじ。

マレーシアは、私が滞在した約10家庭を見る限り、毎日ではないが週に1-3回外で買ったものを朝食べる家庭がまあまああった。インドネシアは所得層によるけど、中食用の移動式屋台(ワルン)があって、粥とかソトアヤム(ココナツミルク入りチキンスープみたいなもの)が朝から手に入った。

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日本でワルンやクダイに相当するのは、コンビニ。セブンイレブンが「朝セブン」なる、パンとコーヒーで200円というキャンペーンやっててヒットしたなあ。

rocketnews24.com

他のお店(コンビニだけでなく外食・中食含む)朝セブン的のようなキャンペーンを展開してくれたら、日本人の朝食事情が変わりそう。こういうキャンペーンは、「朝ご飯は米と味噌汁と卵焼きとしっかり食べなきゃ」と思ってる層に、「朝ごはんこれだけでもいいんだ」っていう気づきを与える。

出羽の守とか言われそうだけど、日本人は朝食に限らず食事全般のハードルが高すぎると思う。みんな楽できるといいのに。みんな楽しようぜ。

これは執着だろうか。

おかあさんといっしょ」の「やくそく ハーイ!」で、「ずっと ともだちだよ」という歌詞が流れるたびに、「それは無理な話だな」って思う。
今日、マルチに囲い込まれた元親友の誕生日だった。彼女のことは忘れていたけど、Facebookが教えてくれた。
彼女の名前をぐぐってみたら、ガリガリ景表法違反と経歴詐称のコンボだった。国家資格所有者なのに。
一番恐ろしいのは彼女はそのへんんことなんにも知らず、上層部から言われたとおりにやってるだけっぽい、という。地獄の沙汰。
1年半前の段階で「確定申告やったことない」って言ってたのも地獄感あふれる。DA★TSU★ZE☆I???
 
これを読んでる知り合いで、「彼女」がだれか分かった人は、やんわり言ってください
「わたし」の言葉は届きませんから。もう。ふとんセット(20万円)の購入を断ってからずっと、「わたし」の言葉は、もう届きませんのよ。あれから、ずっと。

mikihoshi.hatenablog.com

 今年は続き書きたいです。ちゃんと。

 

川崎の歴史を勉強してきました:2017年3月3日石渡燃料店

わたしも講師として参加している「川崎大師まちゼミ」で、石渡さんの「大師の歴史を学ぶ」ゼミに参加して、川崎大師エリアの歴史を勉強してきました。備忘録メモ。

0 参加者はみな高齢

参加者は70歳以上の方がほとんどでした。ゼミというより座談会、お茶を飲みながらの談話会みたい。講師の石渡さんの話も有意義でしたが、参加者の「そうそう~あのころ私はこう思ってたのよ~」みたいな話がとてもおもしろかった。

1 大師線120周年

六郷橋~川崎大師を結ぶ線としてスタート。開通当初は「屋根のない電車」が走っていたそう。

四国の琴平電鉄に、大師線の払い下げ車両が走っているそう。(過去形かもしれない)

駅名の変遷。港町駅はかつては「コロムビア前」駅、鈴木町駅は「味の素」駅だったそう。

このまとめを書いている時点ではよくわかっていないのだが、いまの川崎駅あたり(当時の六郷橋駅?)からいまの港町駅前(当時のコロムビア駅)までに、「発電所前(久根崎)」「池端」「花見橋」という駅があったそう。数百メートルごとに駅があったというイメージ、でいいのかな。これらの駅がいまのどのあたりにあるのか、皆目わからない。

2「味の素」の地域貢献、雇用創出

かつて農村の人というのは、長男は家を継げて安泰だけど、よっぽどおだいじんで田分けをしてもらえないor婿入りしない限り、次男以降は稼ぎが得られず嫁も得られず家族も作れず...という状況だった。

(これは岐阜の田舎でもそういうような話を聞くので日本全国共通の状況だと思う。祖父は婿入りした人だった。昔の人はほとんど「結婚できなかった」ので、いまの日本の「みんな結婚できないといけない」という価値観は戦後に沸いたものであり、それを無理に引きずっているのだと思う。これはまた別の話なのでこのへんにしておきます)

このエリアでは、味の素の工場ができたので、各家の次男以降も職を得ることができ、嫁をめとり「子どもを学校に行かせることができた」(参加者談)。味の素工場爆誕→雇用創出→各家庭繁栄→地域活性に一役買っているといえる。

味の素の工場由来の悪臭が川崎大師平間寺までただよっていたけど「近所のひとみんな味の素にお勤めだったから、臭いなんてとても言えなかった」(参加者談)。

「いまの各町内会の会長さんたちはみんな味の素OBさん」「年金がいっぱいもらえるからいいよね」「町内会会長の集まりを開くとOB同士で『おう●●さん』と呼び合ってて、親しげでなんかいいよね」(参加者談)。年金いっぱいもらえるからいいね、っていう素朴な感想で聞けてよかったです。

味の素工場ははらっぱの真ん中にあったそうで、地元の人は「味の素の原材料は、原っぱにいるヘビだ」なんて噂をしていたそう。当時の人は素朴で無知だなーと笑える一方、かつて長居していた国の人々にも似たようなメンタリティあるよな、と思った。その国では味の素豚由来の原材料云々でさらにセンシティブな問題が起きたけど、それは今回は関係ないので省略。

参加者同士、「味の素、町内会にはぜんぜん還元しないんだよねー昔は工場見学とか体験に招待してくれたけど」「アラうちの町内会には来るわよ」「還元対象の町内会の範囲が減ったみたいなのよねー」とのdis。工場見学、個別で申し込めばいいのでは...と思って聞いていたけど、「特別扱い&招待されたい」んだろうなー。「商店会主催のイベントや神社などのイベント、文化・スポーツ関連の活動には支援してくれる」とのことでした。

3 川崎競馬場は富士紡績の工場の跡地だった

参加者の方に、戦時中富士紡績で働いて、落下傘部隊が使って壊れた落下傘を修理する仕事をやらされていた方がいた。川崎競馬場は元富士紡績工場があったものだという。帰宅してから調べてみたらこんな事件もあったそうだ

煙突男 - Wikipedia

戦時中に富士紡績で働いていたという人は「落下傘の布は、絹でできているけど分厚くて丈夫だった」「やっぱり軍用よね」「当時の憲兵は本当に怖かったワ~~」「内通しあう世の中、北朝鮮よりひどい」とも話してた。(なお北朝鮮滞在経験はない模様)

「12歳で鉄砲の球を作らされ、兵隊さんがその品質をチェックする。コツコツコツという(軍靴の)音を聞いたらほんとうに(怒られる・殴られるのではないかと)神経がひんやりした」「私たちの世代はいちばん学がないのよ、勉強させてもらえなかったんだから」。こういう人の話をもっと聞きたい。まだはっきりと話をされているうちに。

4捕虜収容所が2つあった

扇町にはかつて捕虜収容所があったそうで「アメリカは捕虜収容所の場所を把握していた、だからこの辺空爆がなかった」(参加者談)。

帰宅してから調べたら、捕虜収容所は扇町だけでなく大島にもあった。内海愛子さんの調査によると殿町の収容所でも空爆によって亡くなった方がいたそうなので、このへんは調べてみたい。いま、その捕虜収容所の跡地はどうなってるんだろう。

 

というわけで、川崎の歴史、調べ甲斐があっておもしろい。この土地に家を買うことを決めたとき、社畜やってた勤務先の人に「川崎なんて人の住む町じゃない」とディスられたけど、そんなことない。おもしろい。最初のイメージが悪いからこそ、どんどん良くしていこうとい気概になれる。発展途上だからこそ、手をかける余地がある。この土地に住むことになってよかったと思います。

どんな色にもなるロゴ|ロゴストック

 

わたしたちは、幸せを目指して生きている、はず。

http://anond.hatelabo.jp/20170112234708

 

気になったから超外野がクソバイスするね。

 

えーと、わたしたちはみんな、幸せを目指して進んでいる。わたしもあなたも、幸せを目指している。幸せを目指しちゃいけないって思ってないかな?繰り返すけど、幸せを目指している、ってことでいいですよね?

進む方法、それが電車のがいいって人もいるし、クルマのがいいって人もいるし、自転車がいいってひともいる。

今回は電車ってことにするね。いいかね?

電車に乗ったかと思えば、ブレーキ故障とか、デモとかで電車が動かなくなることもあるよね。人身事故で振替輸送とかあるよね。

 

そういうとき、いったんホームにおりるよね。そのまま改札出て目的地まで歩いて行く人もいるし、ちかくのほかの路線使う人もいる。とにかく目的地をめざす。

なかには、疲れ切って、途中下車しようにも足をうごかせなくなってる人もいるかもね。

 

あなたの考える目的地が「子どもがいる暮らし」、なのか、「パートナーとの暮らし」かは、わたしは外野だからわからない。もしかしたら、あなたもわからないかもしれない。わかってないかもしれない。

 

でね、超外野だからいうけど、あなたのハズバンド、結婚前後でいうことが変わってしまう不誠実な人にみえるけど、あなたの気持ちは大丈夫?

それで大丈夫なんだったら、その人はよっぽど魅力的な人ってことだわ。そういう人に出会えたあなたは、とても幸運だ。スーパーラッキーガール。うらやましい。

だけど、あなたの気持ちが大丈夫じゃないんだったら、わたしは超外野だからいうけど、あなたはいま、乗り換えをするためにホームに足を降ろすこともできないくらい疲れてるんだと思う。もっとあなたとあなたの幸せを尊重してくれる人といっしょになってほしい。絶対いるから。

 

超外野のクソバイスごめんね。

わたし、28歳の時に39歳の男と結婚したからさ。なんか黙ってらんなくて。自分の正義を振りかざしてるだけだなぁと我ながら思うな。

自分の気持ちから逃げないでね。自分にとって一番大事なことを見極めて、納得できるといいな。

 

(このブログは京急蒲田から乗り泉岳寺で乗り換え日本橋につくくらいまでの所要時間でiPhoneを用いて書きました。京急に乗ったかと思えば浅草線に乗ってるということもあるのだ。目的地に着けば、なんだっていいのだ)

鬱袋と思ったら福袋だった話&ファッションブログ始めます

無印商品の福袋が当選しました!ファブリックと婦人M。

届いて中を見た瞬間「こんなんつかえんし!鬱袋だ!」と悲鳴。試着もせず、即ヤフオクに出したのですがぜんぜん値が付きませんでした。

夫にはラインで「鬱袋だった~><」と報告。夫帰宅後、「どう鬱袋なの?」といわれ、説明したところ「ぜんぜん鬱じゃないじゃん!」。「試着してみた?試着したら売れなくなるの?とりあえず試着してみなよ」とけしかけられ、着てみたら、

すごくよかった。

「よく考えてみたらこの色あんまり着ない色だけどパーソナルカラー(自己)診断では合う色って書いてあったな~」というのもありました。

着てみないとわかんないもんだな。

かくして、鬱袋は福袋になったのでした。

夫というのは、「いまの」わたしと一番一緒にいる時間が長い、「いまの」わたしを一番よく知っている人物です。そういう人に、似合う・似合わないといってもらえるのはとても助かる。

 

今年はファッションブログを無理のない範囲でやりたいと思います。骨格診断ウェーブの方&パーソナルカラー診断スプリングの方、読者登録よろしくおねがいします!

wavestyle.hatenablog.com